[当日]
5月29日、とうとう出発の日。
私が乗るAC4は18:35出発だったので、当日はゆっくり家を出ることができ、心の準備をする余裕もありました。ちょうど5月はSARSが毎日のようにニュースをにぎあわせていました。その影響もあってか成田空港は閑散としていましたが、私の乗るAC4は意外にも満席でした。ようやくチェックインを終えて、私はまだあまり実感のないままバンクーバーへと飛び立ちました。機内では出入国書類の他にSARSに関する質問書が配られました。そこには、今現在の健康状態や今より10日前に居た国や住所、これからの滞在先の住所、連絡先を詳しく書く項目などがありました。日本では、人事のように毎日SARSのニュースが報道されていましたが、こうやって自分が真の当たりにしてみると、とても恐ろしいものなんだと初めて感じました。そして約9時間後、私は、バンクーバーへと到着しました。ちょうど私の行った5月はサマータイムで日本との時差は、16時間。そして着いたのは、午前11時。もう一度5月29日のやり直しです。
到着ロビーには、現地スタッフの清子さんが迎えに来てくださって、空港内のベンチで滞在中の説明をしていただきました。ホームステイが初めてだった私は、たくさん質問をしてしまいましたが、清子さんは親切に答えてくださいました。「もし何かあった時は、すぐに清子さんに相談すれはいいんだ」という安心感ができてホットしました。説明の後、ホームステイ先へ行くにはまだ時間があったので、特別にバンクーバーの市内をドライブしていただきました。初めて見るバンクーバーの景色に眠気も吹き飛ぶ位興奮し、また、この街で1ヶ月いるのだと思うと不思議な気持にもなりました。
そして、夕方5時にホームステイ先のMazzoccaさんファミリーの家に到着。とても大きな家で車が2台。芝生の大きな庭もあり日本の家とは全く違うのに驚きました。ファミリーは、お父さんのLarry(39才)、お母さんのCandice(34才)、長男のEric(9才)、長女のTracy(7才)、そして愛犬の黒ラブラドールのJetta(メス)でした。玄関で、簡単な挨拶をした後、清子さんはここでお別れ。ちょっと不安に思いながらも、とても優しそうなファミリーだったので少し安心しました。しかし、ここで思いもよらない事が、、、、「片言でも日本語は通じるかな?」なんて考えていた私でしたが、このファミリーは、全く日本語が通じませんでした。この瞬間から私は英語と言う壁に早速ぶつかってしまったのです。Candiceは、全部英語でしたが、ゆっくりと話してくれて、家の中の全てを説明してくれました。驚いたのはバスルームが夫婦用、子供達&ゲスト用に2つあった事。そして、子供部屋や夫婦の寝室までオープンに見せてくれた事でした。会ったその日から私を家族の一員として扱ってくれることに私はまず感激しました。
ひと通り荷物を収めた後、Tracyのスケートスクールを見学する事になり近くのスポーツセンターへ行きました。そしてスクールを見学している間、Candiceとたくさん話をする事ができました。でも全てが英語なので私には解らない時が、たくさんありました。でも、そんな時、Candiceは辞書を使ったり、簡単な言葉に言い直してくれたりしました。そして驚いた事がもう一つ。スケートの帰り道、夜の8時に近いのにまだ外は日中のような明るさだった事です。夏のバンクーバーは日照時間がとても長い為、暗くなるのは夜の10時頃なんです。というわけで、夏は夕食後でもまだまだ明るいので、スケートをしたり、サッカーをしたりドライブをしたりと、夜を満喫できるのです。(冬は逆だそうです)そして夜9時、ブラインドを閉め眠りにつき私の長い1日がようやく終わりました。
 


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